アメリカからの資金放出で目立つのは、米銀が融資を前年比五割以上も増大させていることである。
直接投資も増えたが、国内の株式ブームに吸引されて対外証券投資の方は急減した。
世界最大の経常赤字を続けている国が、異常な低金利という日本側の「自滅」にも助けられて、赤字をはるかに上回る規模の外国資金を引き寄せ、結局はこれを原資として巨額の対外投資を行う。
アメリカはふたたび「帝国」として世界マネー移動の中心軸を形成することになった。
形の上では、日本発のドル高として八〇年代の前半に顕著に見られた「帝国循環」の再来である。
この新「帝国循環」ともいうべき体制を支える基本的な条件、日米間の長期金利差は、九六年から九七年にかけて五%(米=七%、日=二%)にまで拡大した。
八〇年代の前半、為替差損に経験の薄いジャパン・マネーは、やはり内外金利差に引かれて雪崩のようにドルの世界に殺到した。
そして、八〇年代後半には、プラザ合意による巨額の差損にもかかわらず、バブル益のバッファと政治的誘導の風圧を受けて、対米資金流入が継続された。
やがて低金利が産み落とした空前のバブル経済が破砕すると、協調金利の呪縛も解け、一時的に資金の環流も滞ったが、ここにふたたび日本側の銀行救済のための低金利が、クリントン政権のドル高政策への転換を背景に対米資金供給を加速させていた。
為替リスクに曝される老後資金九六年、わが国全体としての資本収支の帳尻を見ると、邦銀のBIS規制への対応にともなう海外資産の圧縮などから、流出超三兆三五〇〇億円と、対外マネー純供給額の減少(円ベース)がさらに進んだことを示している。
しかし、そのなかで'対外証券投資だけは、債券を主体に、純増分・四兆五一〇〇億円というレベルに達している。
九八年には一〜三日分だけで三兆五七〇〇億円。
これは、日本の経常黒字にほぼ見合う数字で、超低金利政策のため、国内に合理的な投資対象を見出せなくなった生保などの機関投資家などが、やむをえず米国債投資を再開した事情を物語っていよう。
機関投資家ばかりではない。
超低金利のもとで、個人マネーも、外債投資に向かった。
銀行は不良債権を抱えたまま、空前の低金利による高収益を確保している。
年金生活者などの立場から見れば、本来、国内で得られるはずの利子所得を金融機関に移転させられたうえ、生活防衛のため、乏しい金融資産を為替リスクにさらしていることになる。
デュアル三重通貨)倭のような「新商品」がブームになっているのは、本来の円建てによる対外資金供給チャネルの確立を怠ってきた日本の資本市場の象徴といえるだろう。
逆転した太平洋共栄圏さて、このように見てくると、新旧の帝国循環は、基本的パターンを同じくしつつも、そこには資本を流入させる側と供給する側の、立場の逆転がはっきりと見て取れる。
第一に、八〇年代前半の「日米共同幻想」の時代を、国際政治学者のギルピンは、日本による「太平洋共栄圏」生成の時代と捉えたが、日本の資本投下が「共栄圏」通貨で行われ、「共栄圏」のアメリカに為替変動の主導権があったため、ここに主客が逆転してしまったのである。
第二に、再三述べてきたように、新・帝国循環では、ドル高が株高の進行とセットになっている点がとくに目を引く。
ダウ工業株の平均を見ると、九四年が三七九〇ドル、九七年は七四〇〇ドル(各年平均)、九八年六月には九三〇〇ドル。
その後アジアやロシア通貨危機、日本の株安に揺さぶられるまで、きわめて高い水準で推移していた。
また、旧・帝国循環では、「強いアメリカの象徴」でもあった「強いドル」が、新・帝国循環では株高を誘導するための手段として明確に意識されている。
それは世界貴大の証券会社出身のルービン財務長官の意図でもあったであろう。
レーガン政権がイデオロギーを優先したがゆえ、ある意味での「おおらかさ」はここにはもう見当たらない。
一方で、好景気がアメリカという国の消費過剰体質をいっそう刺激したためか、財政赤字の解消をよそに経常赤字そのものは引き続き拡大基調にあり、九四年、九五年、九六年が約一五〇〇億ドル、九七年は一七〇〇億ドルとなっている。
しかし、海外からの資金流入が、すでに見たように年々スケール・アップしているため、海外投資に向けられる余剰資金も、旧・帝国循環の時代にくらべ大幅に拡大していることがわかる。
アジアを巻き込むさらにもう一つ、帝国循環の新・旧を分かつ重要な相違点がある。
それは、新・帝国循環の拡大が、日本のみならずアジア経済全体を巻き込む形で展開されてきたことである。
まず、前史として、九〇年代の前半にアメリカ経済をアジア・マネーが支えたという事実が指摘されよう。
すでに見たように、九三年には、マレーシア、インドなどの中央銀行が米国国債を取得して、細っていた日本からの資金流入の肩代わりをしたものである。
さらに九〇年代半ばからは、中国の米国国債保有が目立ってくる。
金額的には二年間に倍増する勢いで、九六年九月末現在で四三〇億ドル。
日、英、独、オランダ穣アンティルに次いで保有額で第五位につけている。
九七年七月以降は、香港の分(同時期に二六〇億ドル保有)がこれに加わったため、米国国債保有において中国の存在感はいっそう大きくなった。
次の段階として、とくに九五年以降、この新・帝国循環のシステムのもと、アメリカに流入した資金の余剰分が今度は大きくアジアに環流するようになった。
九七年の夏、タイ・バーツの急落を契機に発生した「アジア通貨危機」こそは、この新・帝国循環が生み落としたアジア地域のバブル経済とその急激な崩壊だったのである。
アジア通貨危機はアジア経済の破綻へと進み、過度な円高の時代にやむなく構築した日本経済の最前線をもねらい撃ちする形となった。
日本経済にとって、アジア諸国の経済破綻は、対岸の火事どころではなく、日本経済そのものへの新たなダメージにほかならなかった。
バブル崩壊以後、日本の直接投資は、その中心を占める製造業において、一時的な急減の後、素早い立直りを見せていた。
しかし、その中心に位置したのはアジアである。
八五年以降、増勢をたどった生産拠点のアジア・シフトは、アメリカ多国籍企業のように、国内の貯蓄不足体質がもたらす資本コストの増大や労働の質の問題から逃れるためではなく、円高に伴い、やむをえず安い労働コストを求めての移動である点が特徴的であった。
いうまでもなく生産拠点の移動には、さまざまなケースがあり得る。
アジアへの直接投資が、生産ネットワークのグローバルな拡大を意味する企業もなかったではないが、アジア直接投資に割くべき経営資源が乏しい企業の場合は、過度な円高に対処するための「コスト削減」が唯一の誘因であって、為替レートが適正であれば可能なはずの国内生産の方を停止することを意味していた(過度な、とはこの場合、購買力平価に対して希離が大きすぎるか否かが客観的基準となるであろう)。
いわゆる製造業部門の空洞化である。
通産省の調査によると、日本の海外生産比率は八六年の三・二%からしだいに上昇し、九五年には一〇・〇%の水準に達したと推定される。
そのなかで、日系企業の対アジア直接投資は、残高ではどのくらいになっていたか。
統一したベースによるものは得られないが、八七〜九四年のフローの合計で代用すると、七カ国・地域合計で九四、九五年時点には、五三〇億ドルにまで積み上がり、アメリカの三七〇億ドルを大きく上回る規模に達していたと見られる。

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